極論
金曜日, 9月 30th, 2011安心できる出会いなんて、極論を言うとないのかもしれません。付き合ったら態度が豹変したとか、結婚までは絶対に手をあげない人だったのに、結婚したらDVが始まったとか、よく聞く話です。人は変わるものだし、全てを知ろうとするのは無理があるのかもしれません。
でも、人を怖がってばかりいては、誰とも付き合えませんし、誰も信じることができないでしょう。考えたら人は誰でもどこかで「○○の知り合い」とか「コム友の△△で一緒」という共通点で安心感を得ているのですね。その人自身を知る前に、どこか共通性があるとやはり安心できるものです。
だからこそ、ネット上などで知り合った人をいきなり信用はできないのでしょう。いくら写メで顔を知ろうと、いくらメールで話そうと、それだけで丸ごと相手のことを知った気にはなりません。ていうか、それだけで相手のことを全面的に信用したら結構危険だと思いますよね。出会い系で複数の人とやり取りをして、かなり親密なメールを交わしたとしても、全面的にその人を信用できるか、その人が安全かって考えると、何処かに不安が残るものです。
でも、それぐらいの警戒心は、現代では必要だと思います。もちろんネットでの出会いだけでなく、普通の出会いでも顔が見えているからと全面的に信用するのは考えものですよね。ちなみに心理学上、不安感はドキドキ感と紙一重だということです。ちょっとだけでいいから不安感を持って出会うと、それが案外素敵なドキドキ感に変わったりするようです。
安心もいいけど、不安も意外な作用をするのですね。